「ウクライナ危機」に形骸化した“平和主義”で対処しようとする護憲派リベラルの自爆行為【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「ウクライナ危機」に形骸化した“平和主義”で対処しようとする護憲派リベラルの自爆行為【仲正昌樹】

 ごく普通に前文と九条を整合性があるように読もうとすれば、世界で現に起こっている紛争が、圧制からの解放に向かう形で解決することに日本が積極的に貢献するのは大前提だが、第二次大戦の反省も踏まえて、(他の国とは違って)日本自身は武力を行使しないで貢献する、ということになるだろう。九条護憲派も本来それを目指していたはずだが、いつのまにか、世界がどうなろうと、「日本が戦争に巻き込まれないこと」を至上目的とするようになった。前文の目的と、九条の間のギャップをどう埋めるのか、という根本的問題は、改憲派ファシストに利用されるという理由から考えないようにしてきた。

 自分たちなりの絶対平和主義に固執して、防弾チョッキも「武器」なので提供できない、ウクライナの人には自由よりも命を守ることを奨める、政府がこれを口実に安保体制の強化に乗り出すのは絶対許さない、などという頑なな態度を取り続ければ、「だから、九条を改正するしかない」、という声が高まってくるだろう。自爆行為に思える。

 先にBEST T!MESに掲載した記事「ウクライナ危機に「私たち」はどう向き合うべきか」で述べたように、ウクライナの人たちが必死で闘っている時に、安倍元首相のような与党の有力者が、核共有論を持ち出すのは時期尚早であり、余計な摩擦を引き起こすだけだと思う。しかし、それに対してこれ見よがしに、共産党の議員やリベラル派で通っている政治学者が、安倍は危険だ、安倍はバカだと罵るのは、それ以上に見当外れだと思う。言うのであれば、ウクライナの人たちの命がかかっている深刻な時に、その状況を利用するような真似をすべきではない、然るべき時に議論するというなら受けてたとう、だろう。議論することさえ拒否し、相手を罵倒するようなことをしていたら、改憲問題と同様に、核シェアリングの賛同者を増やすだけである。

 私自身はさほど影響力のない政治思想研究者だが、彼らの場外乱闘を更に拡散するような真似はしたくない。従って、ごく簡単なコメントにとどめるが、仮に核シェアリングしても、日本がそれを勝手に使うことは、アメリカが許してくれない。何故許してくれないかは言うまでもないだろう。そのことを当然、ロシアや中国も分かっている。そのことを改憲派・護憲派双方ともよく考える必要がある。また、「歴史に学ぶ」ということで言えば、ブダペスト覚書前後の経緯を振り返って、何故こういうことになったのか、学問的に検証しないといけない。こういう様々な要因が絡んでくる問題について、直観で判断するのは危険である。

 

文:仲正昌樹

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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